武田鉄矢「今朝の三枚おろし」からオススメ本と、ためになる話。

東海ラジオ・カニたく言ったもん勝ちの9時過ぎコーナー「今朝の三枚おろし」から、武田鉄矢さんが紹介した本や放送内容、ためになる話を記録・紹介しています。

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今朝の三枚おろし【五感で読む漢字/張 莉】

2012年05月14日~05月18日 AM東海ラジオ放送まとめ

面白い人が見つかったんですよ、と著者を紹介。
白川静を読んでいる中国人、いたんですねと嬉しそうに鉄矢さん。

漢字文化をやめてしまう国はもったいない。
韓国の人は漢字が読めなくなっている。
(ハングルと、あと英語。)

五感で読む漢字 (文春新書)五感で読む漢字 (文春新書)
張 莉
文藝春秋


ベトナムも漢字をやめてしまった。
本家の中国も略字が多い、しっかりしてほしい。

中国は王朝ごとに文化が断絶される。
漢字の意味もそう。
中国よりも日本のほうが、かえって古い意味を持っている。

例えば、中国語「ソウ」は「走」・・・歩くという意味で、
走るは「パオ」(足包)になってしまっている。

観光の観、観るという字。
左側(辺)は、鳥(ミミズク)が立ち上がっている。
ミミズクが背筋を伸ばして

見・・・は目に足がくっついている。
臣・・・下から見上げている。目に指を入れて潰している。
片方の目だけを潰して王様に仕える、だから大臣の臣。

神に仕える人は片目を犠牲にする。
賢・・・人が片目を潰し、貝に置くは賢い。
緊・・・賢者は張りつめている。
堅・・・賢者が立つと堅い。

片目の意「隻眼」・・・は
中国王朝、印の時代からある意味は日本にそのままある。

そういえば神社の祝詞(のりと)かしこみ~かしこみ~
日本人の持つ賢さというのは、畏怖すること。
神さまの前では頭を下げて小さくなることが賢きことである。

匂うは日本人が作った国字、漢字ではない。
匂は、仁丹の「丹」から来ている。
丹は水銀の原材料、朱砂(しゅさ)という鉱物。

古代人は水銀に多大な神秘を抱いていた。
水銀は熱を加えると液体になる、硫黄を加えると元の鉱物に戻る。

そして、色を「におうように美しい。」と表現した古代人。
例えば、朱色をハと見て「におう。」ように・・・。


看護婦の「看」
日射しがまぶしくて、まぶたに手をかざす。
手をがざしてじっくり「看ている」そういうこと。

寛大の「寛」
屋根の下に草かんむりで見る。
草をかぶって見ている人は神子さん。

家の中に強力な神子さんがいるから外から悪魔が来ても大丈夫。
安心して「くつろいでいる様子」それが寛大の「寛」。

臨界の「臨」
口が三つ、口のなかに神々への祈りが入っている。
神への祈りを見ている臣(賢者)の姿である。

監督の「監」
皿の中には水があって水鏡としてのぞき込んでいる。
未来を予測する賢者の姿である。

漢字が絵に見えてくる。
寒いの下の点々は毛布を重ねている意味。
遊ぶは、のぼりを持つ人が何人も従え、まるで観光ツアー団体客。


本書のクライマックス、著者の説。
広島県の呉、新潟の越、列島にある滅んだ中国王朝。

日本には、滅ぼされた中国王朝の人が住んでいるのではないか?
呉市民に著者が問う、なぜ「ご」と読まないのですか?
呉の人は言う「私たちは、夕日の沈む暮れる方角がやってきた。」

倭人は、中国に住んでいたのではないか?
中国で神事をするときに使う香草は、
インドシナ半島の付け根あたりに生息する・・・

・・・あくまで著者の一説にすぎないが、興味深い説で締め。



五感で読む漢字 (文春新書/張 莉


武田鉄矢さんメインパーソナリティ人気ラジオ番組
BBQRインターネットラジオでも無料放送。東海ラジオ
「かにタク言ったもん勝ち」
9:15頃~放送/平日
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[ 2012/05/18 17:28 ] 【ち】張 莉 | TB(0) | CM(0)

今朝の三枚おろし【身体感覚を取り戻す/斎藤孝】

2012年05月03日~05月04日
2012年05月07日~05月11日 AM東海ラジオ放送まとめ

週の途中からスタート。
(実際は水曜日の後半から別の本に乗り換え。)

声に出して読みたい日本語の著者。
日本人にとって、学ぶことは歩くことだった。

身体感覚を取り戻す―腰・ハラ文化の再生 (NHKブックス)身体感覚を取り戻す―腰・ハラ文化の再生 (NHKブックス)
斎藤 孝
日本放送出版協会


司馬遼太郎曰く、吉田松陰は1日12里(48km)歩く。
一般人は7里(28km)、歩かないと志士になれない。

侍は走らない。みっともないから雨に濡れても歩く。
白人は手足を振って歩く。
黒人は反動も付けずにリズムで歩く。

日本人は腰と腹で歩いていた。

日本人は山岳の歩き方、独特の「技」である。
身のこなしは歌舞伎のナンバ、右手右足が同時に出る。

天秤を肩に担う歩き方として日常で技化されている。
魚屋さんは、桶の魚がはねるように(活きが良いように)歩く。
風鈴売りと金魚売りは、商品と水面が揺れないように歩く。

腰と腹で歩く日本人の身体文化は言葉の中にも。
胸をひらく、腰をすえる、腹を割って話す、
目からウロコ、顔を潰される・・・「人間を磨く」

ナンバーワンよりオンリーワンが大切にされる時代。しかし、技のないオンリーワンは存在する意味がない。

身体感覚は技である。
テニスでラインオーバーする選手に、するなするなと叱っても逆効果。
何センチオーバーしたのかをカウントすると次第に正確になる。

いちばん最初に、失敗を教える。どのくらい間違うかを教える。
車の運転も「あと50㎝バックして・・・」と言われた方が意識できる。

イチローは言う。
ボールは投手の手からボールが離れた瞬間に捉えなきゃいけないんだ。


海馬扁桃体、サルに正円と楕円の違いを覚えさせる方法。
いきなり楕円は見分けられない。だからまず、正円と三角で覚えさせる。
きちんと「間違う」っていう行為をやっとかないと覚えられない。

投球練習はクタクタになるまでやらないと意味がない。
(芸人も半端な疲れかただと・・・プロダクションと問題を起こす。)
投げても投げても外角低めに無意識にボールがいく、これがプロ。

無意識への沈殿

反復から無意識へ沈殿させる、それが技になる。
人生のなかには量質転化、失敗をくり返すこと。

息づかいの技。
ヨーガ・仏教にもつながる。2吸って6吐く。
息づかいが整った人は、力みがない。

あの人はイキだね!「粋」は米を卒業するという意味。
米が卒業するとお酒になる、その変わり身が「粋」。
粋の逆は野暮、それは息の乱れ。

お好み焼きや卵焼きをひっくり返すとき、息を止める。
日常の何気ない所作に現れる息づかい。
息づかいの乱れた料理人はおいしくなさそう。
マッサージ受けるときもそう。上手な人とは呼吸が合う。

暴力団や犯罪者、薬物依存者は息づかいが整っておらず、肩こりや関節の硬い者が多い。

息づかいは、積極的受動性。
カラダは心地よいものに大して「ひらく」。

ストレッチの時の息づかい、性的快感もそう。
相手の話の深く聞けるかどうかの態度までも決定する。


場の重要性や、車両感覚のように身体感覚の拡がり、
2つ目が奥行きをつくる技、鉄を削る言葉にある身体感覚・・・

世界を複雑にみるために道具が発明されたのではないか?
道具があるから世界が複雑に見える、例えばゴルフ。
スキー板が、どれほど技を複雑にしたことか。

まとめの言葉は、
「賢明に働く身体には、必ず美が宿る。」

何をするにせよ、賢明の力と集中力で取り組まなければ醜い体になる。



身体感覚を取り戻す―腰・ハラ文化の再生 (NHKブックス)/斎藤孝


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「かにタク言ったもん勝ち」
9:15頃~放送/平日
[ 2012/05/03 13:00 ] 【さ】斎藤孝 | TB(0) | CM(0)

今朝の三枚おろし【「おじさん」的思考/内田樹】

2012年04月23日~04月27日
2012年04月30日~05月02日 AM東海ラジオ放送まとめ

矛盾しない

ずいぶん前の本になりますが・・・と前置き。
震災前と震災後で、考え方が一貫している。
「おじさん的思考」はウチダ先生が流行らせた言葉らしい。

期間限定の思想  「おじさん」的思考2 (角川文庫)期間限定の思想 「おじさん」的思考2 (角川文庫)
内田 樹
角川書店


例えば鉄矢さんのお芝居。
博多座のお客さんから感じた「あんただから来たんだからね」という視線。
こういう人たちが俺の客なんだと言い聞かせていた。

意外な展開に対する観客の笑いの中に「それでいいのだ!」という力強さ。
自分の使命を感じたという鉄矢さんの、おじさん的思考。

竹藪は移動するから、竹の子の所有権は主張しない。
竹の子は人にあげるという話に感動する、おじさん的思考。

強い春の風、嵐が吹くから桜が咲く。
桜が実らせるために嵐の前に咲くのだと言葉に感動した、おじさん的思考。

自立している者は、他の者から頼られ、すがりつかれる。自立していない人は、公共の場をひたすら己の場と信じて断固として立つ者。

自立している人は、必ず人を誘う。
自立している人は、人に頼られることで自立を証明する。
それは「あの人に頼ってみようかな」と思い浮かぶ人。

と言えば、博多座で「孤食」を楽しんだとうい鉄矢さん。
楽しくて楽しくてとにかく楽しかった、孤食だったのに。


おじさんになってからというもの、
矛盾した言葉を発見するようになった、と鉄矢さん。

例えその1
「政府の言っていることは何もかもが信じられなくなりました。」
・・・何も信じられないのに、なぜ一部の「信じられない」事実を信じるの?

例えその2
「俺の言うことを信じるな!」
・・・信じなければ、信じたことになる。信じたら「信じるな」に反する。

こういう言葉ははじめから「ない」のである。
矛盾する言葉づかいをする人からは、後ずさりすべきである。

ものごとを断定する人から遠ざかりなさい。

断定的に言うのは、神の仕事。(汝殺すなかれ、など。)
もしくは馬鹿。非力で馬鹿なほど断定的になる。

ブレるブレないとかいう人がいるけど・・・ブレるでしょ。
ノイズを排除してピュアを求めるのはいかにも馬鹿のやることだ。

しかし、馬鹿は馬鹿であるというのも断定的だ。

失業問題。どうしてこれが社会問題になるんだろう。
個人的な問題ではないのだろうか?

失業という個人の能力に帰依する問題を、社会のせいにするのは・・・
他人の資産と公共の財物を「オレのもの」として要求するのは・・・


すこし脱線。

最近、三枚おろしのネタ本に困っている。
読者に分かりやすい、スラスラ読める本が苦手だという。
正体がよく分からない本に惹かれるという。

グリコラージュ、役に立たないものをある直感で拾い上げると後で役に立つ。
アメリカ映画のように、ポッケに入ってたつまんないものが後で役立つような。

例えば「太平洋ひとりぼっち」
石原勇次路演じる堀江青年が拾った枝が窓を塞ぐ板になるシーン。
それを本に書いた内田先生に日活から「そんなシーンはない!」と言われたという。

そんなことはない!私は見たんだ!と内田先生。
ありようもないシーンを見てしまうことが不思議だけれど、ある。


断定する馬鹿。

日本の子供が韓国や中国の子供に比べて学力が劣る・・・これは社会問題か?
これを問題にする人たちは、生涯をかけて他者を責め続ける人たち。
『非力でありつづけるが、声が大きな馬鹿である。』

成功した者よりも、失敗した人から多くを学びたがる私たち。
一発で事業を充てた人よりも、何回も失敗した人の話を聞きたい。

恋愛でも、何回もフラれた奴の話を聞きたい。
深く傷つく者に人間的な共感を覚えるように、人間はできている。

大いに共感すべき言葉があった。
それは、自分の存在が不要になるように夢見て働く人という言葉。

まさしく医者は、自分の存在が不要になるように夢見て働く。

子供に「誰にも頼らず生きろ」と命じて独り立ちさせる親や、
一件の犯罪も起きぬように願い犯人を逮捕する警察官・・・
大人ってなんだ、これぞ大人だ!と力強く。

とここで時間いっぱい。
来週ちょっとこぼれるかもしれないけど・・・
と、またつづく。


2週目。
2002年発売なのに、まったく古びてない思考法。
著者は会うと分かるがケンカが強い雰囲気である、と鉄矢さん。

同じ方向に同じ力を使うと、力が出ない。

例えば日本刀は右手で押して左手は引いている。
左右が別々の力を発揮したときに、もっとも力が出る。

思考法も同じで、常にちがう方向に考えを持つこと。
まっすぐ歩こうとするほどまっすぐでなくなる。
何かアクシデントがあったときに、とっさに対応できるようになる。

原発問題も、日本中の新聞が同じことを書く。
ちがうことを言うメディアがないと脆くなる。

善人で、正しくて、守るべきものがある人は、攻撃的になる。
いくらでも他者に対して残忍になれる。

社会矛盾はなくならない、対立も続く。多様性は消えない。
その中からどう最適を選択するのか、それが問題である。

怒るな。

武道と哲学ともに共通した極意、技。
それが怒らないこと。怒らないこと良いことが怒る。

怒れ!と叫ぶ人を絶対に信じてはいけない。
決してそいつを仲間に入れることなく、ゆっくりと後ずさる。

怒りを主張する人は、自らの弱さを武器にする。
「私は弱い、弱いんですよ!だからこそ私は・・・!」
などと言って、チャンスを放棄する。

弱さは認めるもの。弱さから抜け出す姿が人の理想である。


期間限定の思想「おじさん」的思考 (角川文庫)/内田樹


武田鉄矢さんメインパーソナリティ人気ラジオ番組
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[ 2012/05/03 01:57 ] 【う】内田樹 | TB(0) | CM(0)
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